NPO法人「よい食材を伝える会」体験リポート

[ チルドリン vol.06 2006年07月発行より ]

子どもに教えてあげるためには
ママが本当によい食材を知っていなければなりません。
食の勉強。はじめてみると、食卓が楽しくなりますよ。

2006年は「食育元年」と言われています。
昔は毎日の食事の時間で子どもに伝えることができましたが、いまは「食育」と意識しなければ大切なことが伝わりにくくなっているようです。
「食べること」は「生きること」の基本。
子どもに伝えるためにはに、ハパやママがもう一度「食」について見つめ直す必要があるのではないでしょうか?
ここ「NPO良い食材を伝える会」では月に2回、「食材の寺子屋」という教室を開催しています。
編集部が実際に参加し、体験してきました。

数十年前に比べ、「豊かな食生活」の時代になったと言われています。けれどもその反面、便利な外食産業がどんどん発達し、また、出来合いのおかずなども簡単 に購入できるようになりました。すでに調理されている料理というのがあまりに多く、子どもをはじめ大人までもが食材に関する知識がとても乏しくなってきて います。

「NPO良い食材を伝える会」は、そういった背景から1996年4月に発足した非営利活動団体です。料理研究家である辰巳芳子さんの「食文化とは、あらゆる文化の母体である。必ず生命を守りうる食材を次の世代に贈っていきたい」という呼びかけに応じた、当時NHK解説委員だった中村靖彦さんを中心に、ボランティアスタッフの方々で運営されています。活動の目的は、食材のつくり手と手を結び、本当の意味での「良い食材」を守り、発掘し、伝えていくこと。その ために、参加型の講演会や農業体験学習の開催、また、食の情報を流すニュースレターや書籍の発行など幅広く活動をしています。それらの活動のひとつとして、昨年2005年から、月に2回「食の寺子屋」という授業が始まりました。

開催場所は、東京都世田谷区にある「池尻ものづくり学校」。旧世田谷区立池尻中学校の廃校を利用したこの建物では、デザインやアート、建築や食などあらゆ るものづくりに関した展示やワークショップが行われています。「食材の寺子屋」はその教室の一室「207号室」を使用して授業が行われています。黒板や ロッカーが昔の学校の姿を残していて、席にすわってみると、まるで幼少の頃にタイムスリップしたような懐かしい授業風景が広がります。

「食の寺子屋」では、毎回異なるゲストを迎え、「食の大切さ」を伝える授業が繰り広げられています。今年の年間テーマは「食育」(ちなみに昨年の年間テー マは「祭事と旬」だったそうです)食事のしつけから、食品添加物のこと、子どもの味覚の話など、毎回さまざまな視点から、「子どもの食」についてみんなで 勉強します。参加者は若いお母さんたちから、年配の教育関係者の方までさまざま。多いときには1回に30人以上の参加者が募るときもあるそうです。

取材当日のテーマは「地産地 消と学校給食」でした。学校栄養士協議会の理事であり、実際に群馬県の月夜野学校給食センターで栄養士さんとしても働かれている松本ふさ江さんを講師に迎え、子どもの食事情と学校給食に関する授業が行われていました。松本さんは昭和48年に月夜野学校給食センターの初代栄養士さんとして勤めはじめ、以来毎日多くの子どもたちと触れ合い、栄養を考えた献立に沿って給食をつくってきた、いわば食のベテラン先生です。約25年間、子どもたちの変化を見つめてきた松本さんならではの、興味深いお話がありました。

「ある本に、こんなことが書いてありました。昔から、小学生に家庭の食事風景の絵を描かせると、寂しい顔をしてひとりで食事をしている自分を描く子がクラス に数名いたそうです。けれども最近では、テレビはつけっぱなし、本や漫画が食卓に散らかった状態でひとり満面の笑顔で食事をしている姿を描く子が出てきた というのです。この現状を、私も実際の子どもたちとの会話のなかで感じることが多くなりました。例えば、クラス訪問をしたときに、好き嫌いの多い生徒に 『嫌いなものも食べなさい、ってお母さんに言われない?』と訪ねると、『うん、言われないよ』という子がめずしくありません。『ごはんはひとりで食べてい るから何も言われたことがないよ』と特に寂しいと感じている様子もなく、まったく平気な顔をして答える子もいます」

最近は自分の好きなものだけを食べている子どもが増えているのだそうです。松本さんは、栄養のアンバランスから来る子どもたちの肥満や生活習慣病をとても心配しています。
「お母さんがしっかり料理していたり、おばあちゃんのいる家庭に育った子は、かぼちゃやお豆など昔ながらの食材を出しても、自然と食べてくれます。『うち にはこの料理にはこの野菜が入っていないよ』とか『うちのカレーには違うお肉が入っている』など自分の味覚で気づく経験を経て、食材を覚えていくのです。 一方で、3年生4年生になって初めてこの野菜を知ったという子もいます。多くの家庭の食卓が限られた食材だけで構成されているのだと、私は学校給食セン ターの栄養士として痛感するようになりました。また、最近ではBSEなど食材の安全をおびやかす事件も増えています。私たちは国や企業が行った検査結果を 数字やデータしか知ることができません。だからこそ、信頼した人から食材を買うのが一番です。私たちの給食センターでは、生産者の顔がわかる食材しか使っ ていません。そうすると関係が築かれお互いの理解が得られるので、生産者も学校にいいものを納めてあげようと思ってくれるのです。ですから、ご家庭でも地 域の食材のよさをもっと見直してください。そして、身近な生産者への感謝の気持ちを持てる子に育ててあげてください。『ごちそうさま、ありがとう』と言える子に育てるには、お母さんたちのきちんとした態度が必要なんですよ」

松本さんが教えてくれたのは、本来、食卓は子どもたちの教育の場であったと言うことでした。家族から食べ方で注意を受けたり、箸や茶碗の持ち方で叱られたりしながら、昔の子どもたちは食事の仕方を覚えてきたものです。この野菜は苦い味がするとか、お米は稲からとれるのだとか、そういった食材への関心も、家族の食卓での会話から生まれるものではないでしょうか。子どもは考えることはできても、ひとりで学ぶことはできません。大切なことはきちんと伝え継承して いくのが、やはり親の努めではないでしょうか。

授業に参加していた方々は、うんうんと頷きながら松本さんの話に耳を傾けていました。食のプロが届けてくれる現場の声は、数字やデータを基にした難しい食 育の本を読むよりもずっとわかりやすく、とても新鮮な話でした。丁寧につくられた、安全でおいしい食事。あたりまえのことのようですが、子どもが食事の大切さを覚えていくために、お母さんがひと手間かけることを厭わないことを心がけたいものです。いまの子どもたちと食事との関係を知るヒントが、たくさん詰まった2時間でした。

【access】
授業参加希望の方は「NPO良い食材を伝える会」事務局までファクスまたはメールでお申し込みください。
www.yoishoku.com

【profile】
中村靖彦(なかむら・やすひこ)さん
東北大学文学部卒業後、NHKに入局。「明るい農村」「どうする日本農業」などを担当し、昭和49年から解説委員を務める。また、米価審議会や畜産振興審議会、食料・農業・農村基本問題調査委員会の委員を歴任。食品安全委員会の委員ほか、食と農の応援団連絡協議会座長、食を考える国民会議幹事長、食生活情報サービス・センター理事、自主流通米センター運営委員・取引監視委員、「NPO良い食材を伝える会」の代表幹事などを務める。

[ チルドリン vol.06 2006年07月発行より ]